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作ることと食べること

料理。私にとって、これほどプレッシャーを感じる言葉はない。
正直に白状すると、私はつい最近まで食事について「自分で作るくらいなら買った方がマシ」と公言していた。……いや、ごめんなさいちょっと盛りました。今でもたまに言う。
ただ近年の心境の変化で、去年からパン教室と料理教室に通い出した。パン教室はただ単にパン生地を捏ねたいからという、私にとっていわゆる道楽そのものなのだけど、(あとストレス解消のために捏ねた生地が美味しいパンに化けるって超ハッピーじゃない?とわりと本気で思っている)、料理教室はちょっと違う。
まず、このまま料理できないと私ちょっとヤバいんちゃう、とさすがに思う年齢に差し掛かってきたというのが一つ。そして、いつか結婚したとき私の旦那さんになる人が可哀想やな、と思ったのがもう一つの理由。(なんか恥ずかしいですがほんとにそう思ってるので勘弁してください……笑)
まあ、こんな大義名分を掲げて通い出したのはいいものの、現在家での復習を全くしていないのでとりあえずポピュラーな料理の作り方を一通り教えられている、という状況に近い。世の中の料理ってこういう手順を踏んで作られているのか、という小さいけれど今までの自分にはなかった気づきがあって、とりあえず今現在はその発見を楽しんでいます(これだけでも私にはめちゃくちゃ進歩なのです!!)。
……前置きが長くなりました。
色々と言い訳めいたものを並べてみたけれど、結論から言えば、まだまだ私は料理ができない側の人間だ。そして、できない、という認識は、心のどこかで「弱み」として重くのしかかってくるのもまた事実だった。

そんな私が今回手に取った本はこちら。
キャスリーン・フリン著、村井理子訳『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』。
スープ作家の有賀薫さんが言及されていたことがきっかけで、インパクトのあるタイトルにも引っかかりを覚え、いつか読もうとは思っていた。まさか地元の図書館にあるとは思っていなかったので見つけた瞬間迷わず借りた。

(以下、内容に触れます)
中身はほぼタイトルの通り。それぞれの家庭環境や生活境遇、メンタルの影響により料理が上手くできず、苦手意識を持っていた女性たちが、キャスリーンの料理教室(なんと無料!)に通うことで、少しずつ自信を取り戻していくという実録作品。
個人的な感想として、まずこの料理教室に通う女性たちは、決して「ダメ女」と呼ばれるような存在ではない(もちろんキャッチーさを狙ってこのタイトルなのだと、分かってはいるけれど)。彼女たちは置かれた状況の中で必死に生きているだけだ。
料理という行為に対して絶望感や無力感を抱えていた女性たちは、キャスリーンの料理教室で食材の味の違いや肉の捌き方を学び、そして冷蔵庫の余り物を使ったスープの作り方に至るまで、少しずつ技術を習得していく。
私にもできた!これ、私が作ったのよ!……そんな風に互いに励まし合い、喜び合いながら料理に挑む女性たちの姿は可愛らしく、元気を与えてくれる。また、講師であるキャスリーンは一貫して彼女たちを馬鹿にせず、その心情に寄り添っている。私は彼女のそうした姿勢に尊敬の念を覚えたし、生徒たちもそんな彼女が講師だからこそ、この料理教室に通ったのだと思う。
料理教室の全プログラムが終了後、劇的に料理が上達した女性もいれば、ライフスタイルが殆ど変わらなかった女性もいた。変化の度合いは各人によって様々。その全員に、キャスリーンは温かいエールを送る。
「フードプロセッサーで玉ねぎを刻んだっていいじゃない? それを使って健康的な食べ物を作っているのだもの。テリ、健闘を祈るわ!」
これはキャスリーンによる生徒の一人へのメッセージ。今自分にできるベストを尽くそうとする生徒・テリにとって、これほど励みになる言葉もないだろう。
そして最後に、私も包丁を握ろう、料理をしよう、と思わされたキャスリーンの言葉を引用しておく。
「焦がしても、落としても、煮すぎても、生焼けでも、味気なくても、食事のしたくに失敗したって、それでもいいじゃない。たかが1回の食事なんだもの。明日になったらまた作ればいい。100年経てば誰も違いなんてわからないのだから」

ちなみに今日私は、母の天ぷら作りを少し手伝いました。私の包丁遣いに母が戦々恐々としたり、最後の片付けまで手伝わなかったので若干揉めたりもしたけれど、これからもちょっとずつでも料理に挑戦しようと思う。
食べること、そして料理をすることは生きることそのものだと、この本に教えられたから。

それでは、今日はこの辺で( ´∀`)
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